4.広隆寺・蛇塚古墳

(京都府:広隆寺・蛇塚古墳:洛西エリア)

私の車の点検のため、購入した京都のディーラーへ行ったんですけれど、待ち時間が

もったいなかったので、自転車でぶらっとまわってきました。…でもすっごい汗だくに…。

体がえれえよ…。

 

発地は西大路御池あたりです。そこから自転車で三条通を西へ。

まずいったのは蚕の社です。ここは神社としては大きくはないのですが、

「三柱の鳥居」なる珍しい鳥居があります。下の写真は見にくいのですが、三本足の鳥居が

わかりますでしょうか…?

その後に向かったのは広隆寺です。歴史の教科書にも載っている有名な弥勒菩薩半跏思惟像が

あるお寺です。603年(推古天皇11年)に秦河勝が建てた、と広隆寺のパンフにあります。

この秦氏というのは、始皇帝の秦王朝の末裔を称し、中国から(朝鮮半島経由?)から渡ってきた

渡来系の氏族です。聖徳太子とは浅からぬつながりがあり、山城のこの「太秦」のあたりを

本拠地としていました。この秦氏の子孫には四国の戦国大名長宗我部氏(ホントかどうか知りませんけど)が

います。ついでにいうと大秦国王安敦(だいしんこくおうあんとん:ローマ皇帝マルクス=

アウレリウス=アントニヌス)とは関係ないと思われます。って言うか言いたかっただけです。

で、秦氏の「ハタ」とは「機織り(はたおり)」の「ハタ」とも関係があるらしく、養蚕に長けていた

そうです…「蚕の社」もそれと関係あるのでしょう。また、西陣織の盛んなエリアもまた、ここから

さほど遠くはありません。

 

で、その広隆寺ですが…。

中はそれほど広いわけではありませんが、霊宝殿という宝物殿に、たくさんの仏像がありました。

<広隆寺の太子殿>                  <広隆寺のパンフ>

霊宝殿は撮影できませんでしたので、言葉でしか申し上げようがないのですが…。

薄暗い霊宝殿の中は、感動モノでした。立ち並ぶたくさんの仏像。そして中央には弥勒菩薩半跏思惟像が…。

気高さと穏やかさを秘めたその姿は素晴らしいの一言につきます。それ以外にも背の高い不空羂索観音像に、

四隅を守護する四天王像、みどころはたくさん…。

 

余韻を感じながら、そのまま蛇塚古墳へ。

これまたびっくりなのですが、住宅街のまんなかにいきなりどんと石造りの古墳があるので、

これまた異界というか、きわめて奇妙な光景がそこにありました。

 

とにかく今日は暑いし疲れた。