8.湖西

(滋賀県:湖西エリア)

昨日回りきれなかった堅田よりも北をまわりました。まずは堅田のすぐ北、小野一族の拠点だった土地を

訪ねました。まずは遣隋使として中国へ渡った小野妹子の墓です。これは住宅地の丘の上にある公園に

なってました。見晴らしもすごくいいです。丘の上に登ると、むき出しになった石室と、お社がありました。

そこが小野妹子の墓であり、小野妹子神社でした。

<小野妹子公園から近江富士を望む>             <小野妹子公園からホームゲレンデびわこバレーを望む>

<小野妹子のものとされる古墳の石室>            <小野妹子神社>

その後、さらに北上し小野一族がまつられた神社を回ります。同じく住宅地にあるお社です。

<小野道風神社>                         <小野篁神社と小野神社>

このあと、重要文化財(本殿の形式がちょっと変わってるらしい)のある天皇神社をまわり、近江の厳島と称される白鬚神社へ

向かいます。琵琶湖の景色ってほんとに美しい。もっとも美しい場所のひとつがここだと思うのです。広がる琵琶湖、

黒く見える対岸。黒と青のコントラストの中に屹立する朱色の鳥居。それは自然と対立しているようでもあり、逆に

自然と共存関係にもあるようで。水と大地と空気の中で生かされていること、白鬚神社の神様は教えてくれているのかも

知れません。もうすぐこの美しい琵琶湖とお別れかと思うととても悲しかったりします。

<天皇神社の重文の本殿>                   <白鬚神社本殿>

<白鬚神社の大鳥居・湖水の中にある>            <白鬚神社奥の依代>

<白鬚神社奥の岩戸社>

それから少し北上して、津田信澄の居城のあった大溝城跡です。信澄は織田信長の弟信行(反乱を起こし殺される)の

息子であり、母方の津田姓を名乗っていた人物です。大溝城も琵琶湖から遠からぬ場所にあります。戦国当時の

琵琶湖は、移動上の障害物ではなく、むしろハイウェーだったようです。水運で人や物を運ぶと同時に、情報も

伝えた、すなわち琵琶湖を囲む拠点(長浜・坂本・大溝)のどこかでのろしがあがれば、安土城で瞬時にそれを察知する

ことが可能だということです。何もさえぎるものがないということですから。大溝城を出て、そこから湖岸道路を通り、

新旭の好きな風景、特に秋の風景が好きなのですが、湖沿いの道を北上します。

新旭の並木道はすごく哀愁のただよう美しさのように思えます。湖と田園とまっすぐな並木道。もう本当に

この風景から離れてしまうのかと思うと寂しいものがあります。

<新旭の湖沿いの並木道>                    <並木道から湖岸に下りて湖を>

<新旭の道の駅の風車>

 

その後、ひたすら湖岸をひた走り、吹雪に吹かれながらも、美しい、本当に美しい琵琶湖の見納めをしてきました。

 

関西を離れるまであと残り39日(2月20日現在)となりました。